東京地方裁判所 昭和61年(ヨ)2323号 判決 1988年5月27日
申請人
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
外井浩志
被申請人
株式会社ケイエム観光
右代表者代表取締役
波多野康二
右訴訟代理人弁護士
石井芳夫
主文
一 本件申請を却下する。
二 申請費用は申請人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 被申請人は、申請人に対し、昭和六一年九月から本案判決確定に至るまで、毎月二七日限り金三三万八三〇〇円を仮に支払え。
二 申請の趣旨に対する答弁
主文第一項と同旨
第二 当事者の主張
一 申請の理由
(被保全権利)
1 被申請人(以下「会社」ともいう。)は、主に観光バス事業を営む株式会社であり、申請人は、昭和五〇年六月二日被申請人に観光バス運転手として雇用され、東京都品川区西品川一丁目一番八号の被申請人営業所(以下「本件営業所」という。)に勤務してきた。
2 被申請人は、昭和六一年八月一七日をもつて申請人を普通解雇したとして、同日以降申請人の雇用契約上の権利を有する地位を争つている。
3 申請人の解雇前三か月の賃金の平均は、一か月三三万八三〇〇円であり、賃金は毎月一五日締めの二七日払いであつた。
(保全の必要性)
4 申請人には妻と子供二人の家族があり、被申請人からの賃金を唯一の収入としてきたところ、解雇後は友人からの借金等により生活してきたが、本案判決の確定を待つていては申請人とその家族は経済的に困窮し回復し難い損害を被ることは明らかである。
よつて、申請人は、被申請人に対し、申請の趣旨記載の裁判を求める。
二 申請の理由に対する認否
1 申請の理由1及び2の各事実はいずれも認める。
2 同3のうち、賃金が毎月一五日締めの二七日払いであつたことは認めるが、その余の事実は否認する。
申請人の解雇前三か月の賃金の平均は、一か月三二万〇六六〇円である。
3 同4の事実は争う。
三 抗弁(本件解雇)
1 被申請人は、申請人に対し、昭和六一年七月一八日、口頭で同年八月一七日をもつて解雇する旨の意思表示(以下、「本件解雇」という。)をした。その理由は、申請人が、被申請人の就業規則二七条、七一条一一号の「賭博その他著しく風紀を乱す行為をしたとき」に該当するというものである。
2 本件解雇の理由は、申請人は、被申請人の雇用するバスガイド乙山花子(以下「乙山」という。)との間で、昭和六〇年七月二二日及び同年一一月六日の二回にわたり、勤務時間後品川区五反田のホテルで情交関係を結んだというものである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
五 再抗弁(解雇権の濫用)
仮に申請人と乙山との情交関係が認められるとしても、被申請人は、本件に関する乙山の手紙を受取つてから本件解雇を決定するまでの間に、申請人に実質的な弁明の機会を与えておらず、また、実質的な事実調査も行なつていないから、本件解雇手続は極めて不公正かつ不公平であつたこと、さらに、乙山は、申請人との情交関係に同意していたし、申請人に妻子のあることを知つていたこと、右情交関係は勤務時間外で、業務と無関係であつたこと、乙山は、申請人との情交関係後も影響なく勤務しており、被申請人に対する影響はなく、また、本件発覚の契機となつた乙山の手紙は自発的に書かれたものでないし、乙山は本件につき何ら処分されなかつたこと、しかも申請人の勤務態度は非常にまじめであつたことを考慮すると、本件解雇は解雇権の濫用であつて無効である。
六 再抗弁に対する認否と被申請人の主張
再抗弁については争う。
被申請人は、昭和六一年七月七日乙山の手紙を受取つてから、乙山及び申請人から数回にわたり事情聴取を行ない、乙山から話を聞いたとする同僚バスガイドの報告も受けて、申請人と乙山の情交関係を事実と認定して、本件解雇に及んだものであり、その手続は相当である。
また、女性バスガイドを必要とする被申請人においては、職場内の健全な風紀の維持向上が必要不可欠であり、これを乱した者に対しては解雇等の厳しい処分で臨んできたものである。
第三 証拠<省略>
理由
一申請の理由1(当事者)及び2(被申請人が申請人の地位を争つていること)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二そこで、抗弁(本件解雇)について判断する。
1 被申請人が申請人に対し、昭和六一年七月一八日、口頭で本件解雇の意思表示をしたこと、その理由は、申請人が被申請人の就業規則二七条、七一条一一号の「賭博その他著しく風紀を乱す行為をしたとき」に該当するというものであることは当事者間に争いがない。
2 本件解雇理由の存否について、以下検討する。
<証拠>を総合すれば、次の事実が一応認められる。
(一) 乙山花子は、昭和四一年一〇月生まれで、昭和六〇年三月高校を卒業後被申請人にバスガイドとして入社し、独身で本件営業所内のバスガイド寮に入つていた。これに対し、申請人は昭和一八年八月生まれで、昭和六〇年当時既に妻子がいた<証拠>。
(二) 申請人と乙山は、昭和六〇年七月二二日同じ観光バスに乗り、山中湖へ行つて午後四時三〇分ころ本件営業所内の車庫に戻つた。そのとき乙山は、申請人から、「食事でもどうか。一時間後位に五反田駅の改札口で待つているから。」と誘われ、承知した。
(三) 申請人と乙山は、同日午後五時三〇分ころ五反田駅で落ち合い、駅付近の呑み屋に入つて一時間余りビールを飲んだあと店を出たが、申請人が「飲み直そうか。」というので乙山もついていくと、申請人は、乙山の肩に手を掛けてホテルの前に来たときそのままホテルに連れ込んだ。そのホテルの一室で、乙山は申請人に衣服を脱がされ、ビールを飲んでいたこともあつて抵抗する気にもなれず、情交関係を結んだ。そのあとホテルを出て、申請人がタクシーを拾つてくれ、乙山は、申請人からタクシー代として五〇〇〇円を渡されて、午後八時二〇分ころ寮に帰つた。乙山は、当時同僚のバスガイドであつた(旧姓丙山(現在、丙川)夏子)に対し、申請人とホテルに行つた旨話をした。
(四) 昭和六〇年一一月六日申請人と乙山は、同じバスではなかつたが数台で一緒に走ったあと、乙山は、午後六時三〇分ころ車庫で申請人から「謝りたいと思つていたんだけれどもなかなかチャンスがなかつた。今晩五反田で会わない。」と声をかけられた。乙山は一旦断わつたが、結局断わり行れずに七時過ぎころ五反田駅であつた。申請人と乙山は、駅付近の飲食店に入り、三、四〇分ビールを飲んだあと、申請人は前回と同じホテルに乙山を連れ込んだ。そのホテルの一室で両者は情交関係を結び、乙山は帰りに二千数百円を申請人から渡されて、午後一〇時過ぎころ寮に帰つた。
右事実が一応認められる<証拠>。
右認定事実によれば、申請人には、被申請人の就業規則(<証拠>)二七条一項一一号、七一条一一号に該当する行為があつたというべきである。
三次に申請人は仮に右行為が認められるとしても、本件解雇は解雇権の濫用であると主張するので、この点につき検討する。
1 <証拠>を総合すれば、次の事実が一応認められる。
(一) 乙山は、申請人との一回目の情交関係のあと、申請人の同僚の運転手で乙山の身元保証人であつた丁田にその件を打ち明け、昭和六一年一月には丁田の同僚の戉谷にもその話をしたところ、丁田らがそのことを被申請人に対し書面で提出する話を持ち出したので、被申請人に対し話をしようか迷つていた乙山は、書面を書いて同年七月初めころ丁田に渡し、丁田がこれを被申請人に渡した。被申請人は、同月一〇日乙山を呼び出して事実を確かめるとともに、右書面に乙山の署名を求め、乙山はこれに署名をした。
(二) 被申請人は、同月一一日ころ、申請人を呼び出して、稲場運行係長らが乙山との関係について事情を聞いたが、申請人はこれを全面的に否定した。同月一六日、乙山と申請人と同席のうえ事情聴取が行なわれたが、双方の主張は変わらなかつた。
(三) 被申請人は、同月一八日の本件解雇通告後も、申請人との間で、品川区の労政事務所などで話し合いをしたが、結局解雇に至つた。
そうすると、被申請人は、申請人から事情聴取を行ない、その弁明の機会を与えたうえで本件解雇に及んだことが認められる。
2 次に、<証拠>によれば、乙山は申請人に妻子があることは本件行為当時知つていたこと、乙山には本件に関し被申請人から何の処分もなかつたことが一応認められる。
しかしながら、他方、前記のとおり、本件情交関係当時、申請人は既に四〇才を超えていたのに対し、乙山は一〇代の独身女性であり、<証拠>によれば、乙山は本件情交関係については不本意であつたこと、乙山は、本件が会社内に広まつてしまい、居づらくなつたため、昭和六一年九月一〇日退職したことが一応認められ、また、<証拠>によれば、被申請人では、女性バスガイドが必要であり、会社内の風紀の維持が不可欠のため、本件のようにバスの運転手がバスガイドとの間で情交関係を結んだ場合には、懲戒解雇の方針をとつていること(もつとも、運転手から依願退職の申し出があればこれを認めており、過去一〇年間にそのような行為のあつた者が七人位いたが、いずれも依願退職していること)が一応認められる。さらに前記のとおり、本件では二回とも勤務時間中に申請人が乙山を誘つてその勤務時間終了後情交関係を結んだものである。そうすると、申請人の本件行為は職場の秩序を乱したものといえる。
3 右1、2の事情及び本件が普通解雇であることを総合考慮すると、本件解雇が合理性を欠くものとは認められず、したがつて、解雇権の濫用にあたるとはいえない。
四以上のとおり、本件解雇は有効であり、申請人と被申請人との間の雇用契約は昭和六一年八月一七日をもつて終了したものといえる。
五よつて、申請人の本件申請は被保全権利について疎明がなく、保証を立てさせて疎明に代えることも相当でないから、本件申請を却下することとし、申請費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官新堀亮一)